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中国雲南省原産のコーヒーの苗木も緊急募集!!
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第十一回目
2008年12月26日
今回のコーヒー漫遊記は、少し横道にそれたお話をします。
先日何気なくテレビを見ていましたら、世界不思議発見でバリ島の特集をしていました。残念ながら、バリコーヒーについてはまったく紹介がありませんでしたが、バリダンスとならんで人気のある「ケチャク」についての生い立ち、ストーリーを詳しく取材されていました。
興味深く見ていましたところ、メンバーの方からも放送の連絡を受けうれしい限りです。
そこで、今回は我々が見たケチャクについてお話をしてみたいと思います。
テレビではウブド地区を紹介していましたが、所はホテルからほど近い海岸沿いにある寺院の敷地内で行われ、今最も人気があるケチャクです。始まるのは、夕日が沈み寺院を照らして幻想的な雰囲気をかもし出す夕方5時頃より行われます。
ハリムさん一家の3台の車にそれぞれ分乗して一路寺院へ。道路は、一本道で通常一時間以内で行けるところが長蛇の列です。観光バス、乗用車、オートバイあり、と多種多様な交通手段で寺院へ向かいます。
着くと、駐車場はすでにいっぱい。そして入り口では人、人、人。そこで強制的に、女性はバティックのスカート風、男性はバンダナを腰に。有料ですが雰囲気が出ます。

我々一行が断崖沿いの狭い道を歩いていると、夕日が逆光になる城壁の塀沿いに、野生の猿がそれぞれ寝そべっているではありませんか?
その中でも一際ふてぶてしいメタボ猿が腹を出して寝そべっておりました。我々一行が駐車場を探しに行ったハリムさんを待っていると、一人のメガネをあのメタボ猿がひったくり逃げました!その素早いこと!
それからメガネを口に入れしゃぶりだしました。取ろうとすると、攻撃をしてきます。
とその時、係員がメタボ猿の前にバナナをちらつかせました。メタボ君がバナナを取ろうとした瞬間、係の人がメガネを無事取り戻してくれました。
唾液にまみれた感じはありましたが、無事取り返せて、一行ホッとしました。
そうこうしている内に、日もすっかり暮れケチャクの本番です。超満員です。
ストーリーは、世界不思議発見で紹介のありました、インドの「ラーマ・ヤナ」の物語です。数十人の腰巻をつけ、上半身裸の男性が口々に祈りを唱えます。何を言っているのかよくわかりませんが、どうも「ケチャ・ケチャかウサ・ウサ」と言っているようです。
何となく、ユーモラスの中にも力強さと敬虔さがあり一辺に好きになりました。

かわいい民族衣装の女性が出てきたり、悪魔の大男が出てきたり暗闇の中でのダンスショウは最高です。
その中でも、人質となった姫を救おうとする白い猿の活躍風景は圧巻です。
ところが、最高潮に差し掛かり白い猿が地面のタイマツを蹴った瞬間、その火の粉が初老の観客のTシャツに!楽屋裏は大変な騒ぎでした。少しやけどをした模様です。
一方、会場はクライマックスの最中です。表舞台は、全く問題なくやんや・やんやの喝采のうちに終了でした。一同大満足の一日でした
次回は、ビンタン・ビールの飲みながらのラツール湖の眺望の素晴らしさと、いよいよバリ・アラビカ農園の訪問の様子を報告します。
第十回目
2008年11月14日
バリ島訪問日記の2日目です。
昨夜は、2時ごろ就寝したものの部屋のクーラーが効きすぎたのか、興奮のせいかハタマタ年のせいか、朝の7時には目が覚めてしまいました。
隣の代表は、就寝中です。そっとベッドから下り、テラスに出てみました。
鳥のさえずりと海からの風が爽やかそのもの。日本の方が余程蒸し暑かったので、最高の気分です。3階の部屋から、景色を見れば緑の芝生と真っ赤なブーゲンビリアの花のコントラストがまぶしく、サスガ南国情緒をカモシダシテイマス。下を見ると今回参加していただいたメンバーのご夫婦が早々と散歩をされていました。ハリムさんには、10時に迎えに来てもらうことにしていましたので、ゆっくりと朝食を取ることにしました。
ホテルのロビーは4階にあり、朝のレストランはロビーから2階分ほど下りた 所にあります。階段の両側には小さな滝があり、その周りを色とりどりの原色の花が咲いていて、早速の記念撮影に打ってつけでした。
朝食はバイキング・スタイルです。案内書の前では、2人のかわいい女の子がバリダンスを踊ってくれています。またまた、デジカメでワンショット!
奥のいい場所にテーブルをとってもらい、一同座るのも早々に各コーナーへ。インドネシア料理のサテ(焼き鳥)・ナシゴレン(焼き飯)を始めとして、中華・日本食・パンと何でもありです。
どれもこれも、おいしそうで迷った挙げ句、取りあえずオムレツコーナーに行きました。昔覚えたインドネシア語と英語を交えた料理人とのチリが多い少ないといったチョットした会話は楽しいものです。各人がそれぞれの料理を手にして席に着きました。テーブルには、小鳩ぐらいの鳥の先客がいます。横の小川には、鯉が泳いでいるといったのどかな朝のひと時で、日本の喧騒を忘れさせてくれます。
朝食後、ホテルの中にあるショップを見たりしているうちに待ち合わせの時間が迫りあわてて部屋に戻り、本日の目的であるバリアラビカコーヒーの農園を訪問に向け、その支度にかかりました。
時間通りの10時に、ハリムさん一家が迎えに来てくれました。バンとトヨタのRVに分かれ、一路キンタマーニ高原にあるコーヒー農園を目指し、出発です。
農園に到着するには、南から北へ島を縦断することになり約2-3時間のドライブです。
ホテルより、市中を抜けるには信号待ちの渋滞もあり小一時間以上かかります。車中打ち合わせをしたり、街中の至る所にある寺院を見たり、どれも珍しく飽きることがありません。あっという間に、休憩場所のキンタマーニ高原の頂上近くにあるレストハウスに到着です。標高は1,500-1,600メートルあり、少し寒いぐらいですが、その眺めのすばらしいこと。トイレ休憩のつもりでしたが、ビンタン・ビールと昼食を取ることにしました。その時の景色は、次回に掲載したいと思います。
第九回目
2008年10月14日
7月のバリ島の訪問から、随分と日にちが経ってしまいました。公私共にバタバタし読者の皆さんにはご無沙汰をしております。いよいよ、バリ島到着からの訪問日記を始めます。
6時間の長旅のあと、23時半頃、デンパサールの空港に降り立ちました。思ったほどの蒸し暑さはなく、むしろ爽やかな風が心地よく快適でした。空港は、夜中だというのに人が多いのにびっくり!
到着ロビーには、ハリムさん一家がにこやかな笑顔で待ってくれていました。ハリムさんとは、1年ぶりの再会です。インドネシア・シニアのバスケットの代表で、今も現役でバリバリとプレイをしているせいか、精悍そのものです。スタイルは、20年前会った時から変わっていません。(注:この2月で還暦になったとの事。私とえらい違いです)
3Cの6名のメンバーは、それぞれにハリムさんの車、旅行会社が手配してくれた送迎バスに分乗し、一路薄暗い道をホテルに向かいました。滞在ホテルは、今後メンバーの皆様をお連れすることを考え、エステ・サービスで人気の「リッツ・カールトン・バリ」に致しました。
バスは、海岸沿いのカーブを快適に進んでいたかと思うと、薄明かりの先に、”いぬまたいぬ”犬犬犬!!至る所に首輪のない犬!がいます。日本の柴犬みたいな犬で、吠えるのではなく、うろうろしたり寝そべったりと、さすが犬も南国風で優雅なものです。
後から聞くと、島特有のバリ犬でほとんどが飼い犬とのことでした。車中、流暢なガイドの現地の人から現地の状況・観光スポットなどを聞き、あっという間にホテルに到着しました。到着すると同時に、ホテルの人のにこやかな白いレイの出迎え。チェックインの際には、ガヴァのような飲み物のサービス。それほど、甘くもなくほどよいのど越しで、一行大満足でした。
さて、ようやく部屋に入りました。時間も夜中の1時を回っています。我々家族は、男性軍・女性軍にわかれて泊まることにしました。
ここで、うれしいハプニング!!
男性の部屋は、通常のツインベッドの部屋、小さなテラス付で悪くありません。しかし、女性の部屋はリビング付きのトイレが二つもあるスイートで、しかもベッドはクレオパトラが寝ていたような、白いベール付きのお姫様ベッドです。浴槽には赤いバラの花びらが浮かんでいます。ルームチャージは一緒です。ラッキー!
当然、その部屋はその後も女性軍が占領することになりました。2時ごろ就寝。
第八回目
2008年8月20日
今回のコーヒー漫遊記は、バリ島の3Cコーヒー農園訪問の報告です。 7月中旬のうだるような暑い日、学校も夏休みとあり関西新空港はいつもより若い人で賑わっておりました。バリ島の首都であるデンパサールまでの直行便は、JALとガルーダがあります。今回は、マイレージバンクの特典と安全性を考慮し、JALにて行くことにしました。
出発の時間は、夕方の5時30分です。最低2時間前の集合ゆえ、まだ灼熱の太陽で、自然に汗がほとばしる3時頃、空港に到着しました。 無事、出国手続きを済ませ有り余る時間を土産物屋、本屋、ドラック・ストアとほとんどの空港内の店で過ごした後、手荷物検査場に向かいました。 テロ対策として液体の持込が厳しいと事前に聞いておりましたので、ペット・ボトルのお茶はあわてて飲みきり、手荷物を基準内の液量にして安心をしておりました。
ところが、どうした訳か手荷物検査で引っ掛かりました。何で?
検査官が冷めた声で言います。「手荷物の中にクリームがありませんか?」と。エ!クリーム?何のことがさっぱりわかりません。 思い当たるところもなく、また何故クリームが問題になるのか・・・。指示されるままに、カバンを開けてみると洗顔クリームが入っていました。 いつもの国内出張では、ホテルに備わっている小さな洗顔石鹸を使用していましたが、なくなってしまったので前日、マツモトキヨシで昔懐かしい白子・黒子さんのチューブ式の洗顔クリームを買って入れておいたのです。
「これは、130mlありますので没収します」と、検査官の無情なる一言。知らなかった、何とかならないかとの願いもむなしく、取り上げられました。(代表は、さすがに旅慣れているせいかゴルフバッグに流行りのクリームを入れており、難を逃れたよし)
どうにか、出国手続きを無事終え、ハリムさんへの土産のサントリーのブランディーを免税店で買い求め(何故か、中国人はウイスキーよりブランディーを好みます)、3Cのメンバーのご夫婦とも関空の出発ロビーで合流し、いざ出陣!!
記念撮影をしようとデジカメを取り出すと、初期設定が出来ておりません。ケチって、メモリー・カードのデータを消す際、設定も解除したらしい。どうにか、娘に設定をしてもらい無事撮影会を終了。少し出発時間は遅れたものの、機内に搭乗できました。
機内は、若い女性連れがほとんどでした。さあ、これから6時間、楽しい旅の始まりです。現地夜中に到着の様子は次回にレポートします。
第七回目
2008年6月27日
前回、フル・オーケストラで「昴」を歌うことになったお話をしました。今回はその続編です。
歌詞カードには、日本語の発音に近い言葉がローマ字で歌詞が書かれており、全くと言って良いほど読めません。しかし、歌い出しは、覚えておりますので問題ありませんでした。
快調なすべり出し。しかし、だんだん歌詞が出てこなくなり、歌詞カードを見ても訳がわからず、さらにコンガラカッテしまいました。頭の中は、パニック状態です。この時ほど、人間の記憶のあいまいさを身にしみて体感したことはありませんでした。
どうにか、「最後の昴よ!」を熱唱するフレーズにたどり着いたときは、タオルで絞れるくらいの冷や汗ものでした。 席に戻ると、シッパーはもとより周りの人に拍手をしてもらったので、ホっとしました。もう二度と人前で歌いたくないと思いましたが、後日同じくスラバヤの違う場所で歌いました。(関西では、これをアホといいます)
この経験を生かして、その後は持ち歌数曲の歌詞を手帳に写し、常に緊急事態に備え持ち歩くことにしました。 今は懐かしいよき時代のスラバヤでの経験です。
さて、いよいよ3Cプロジェクトのメイン・テーマであるバリ島のコーヒーの話です。 来月の7月中旬にCoffee-Cherry-Clubの代表を始めとし、今回メンバーになって頂いたご夫婦を含めた総勢7名で、バリ島のキンタマーニ高原にあるコーヒー農園を訪問します。各メンバーさんのコーヒー苗木の生育状況、観光名所、ゴルフレッスンの様子など、現地の詳しい情報は次回ご報告したいと思います。
ここで、バリ島の一口メモ。
バリ島は、インドネシア屈指のリゾート地としてバリ舞踊が有名です。テレビでお馴染みの「ケチャックダンス」や「レゴンダンス」は、人気があるようです。スラバヤの隣にありながら文化・宗教はかなり異なり、イスラム教徒が大半のインドネシアで、唯一敬虔なヒンドゥー教徒が90%を占めると云われています。「タナロット寺院」を始めとして荘厳な寺院も多いことより「神々の棲む島」とか「地上の楽園」といわれる由縁かもしれません。
スラバヤと違い、バツール山 (1717m) を代表として良質のアラビカ・コーヒー栽培に適した立地条件も兼ね揃えています。そこで取れるコーヒーは、適度な酸味と甘さを持った最高級のものの一つです。 コーヒーの苗木が育つまで、試供品としてメンバーさんにお届けした焙煎豆を飲んでいただいた印象を伺うに、今までこんなおいしい珈琲を飲んだことないとの評価を頂いております。
詳しくは、次回現地レポートを。乞うご期待!
第六回目
2008年6月09日
前回、インドネシア産のコーヒーとのなれそめについてお話をしました。今回はハリムさんがバリ島でコーヒーの苗木の栽培を始めた理由についてです。
スラバヤは、インドネシアの中でも2番目に大きい都市で、首都ジャカルタより飛行機で1時間ほど離れたところにあります。お隣は、観光地のバリ島です。ロブスタコーヒーの栽培のほかに海老の養殖が盛んで、大半は日本に輸出されていました。
港町でリゾートとして俗に丘・山といわれるところはありますが、標高そのものは海抜50メートルとほぼ低地にあります。街中は常に蒸し暑く、当時は一端スコールが来るとほんの10分ほどで道路が洪水となる有様でした。高い山がありませんので、上質のアラビカコーヒーの栽培にはまったく適しません。
ロブスタコーヒーの栽培もを行っているのも小農家が多く、収穫量も少ないため、大手の輸出業者は、パレンバン州やランポン州といったところをメインにしています。(その代わり、輸出業者は華僑が中心で大変仲がよく、ある時アメリカ人と二人で現地を訪れ、あるシッパーと4人で食事をすることになりましたが、あれよあれよという間に、30人以上集まりそのレストランを貸切り状態となったことがありました。)
この様な理由から、ハリムさんは観光地で名高いお隣のバリ島に幻のアラビカコーヒーの苗木を植えることにしたのです。
余談ですが、小生にとってスラバヤは、非常に思い出深い土地です。ここでは色々な事を体験しました。日本では平和のシンボルであるハトを、初めて食べたのもスラバヤです。また、フル・オーケストラをバックに歌ったのもスラバヤでした。何故フル・オーケストをバックに歌を歌う事になったのか、その時のエピソードを一つ。
25年以上前のインドネシアには、まだカラオケがありませんでした。その当時の国歌的な歌として流行っていたのが、五輪真弓さんの代表的な"恋人よ"でなく、確か"心の友"という歌でした。インドネシアの人は、誰もが知っていました。
ある時、大手のシッパーに夕食を招待され中華レストランへ行ったのです。吹き抜けの3階からなる建物だったと思います。そこで、初めてハトの丸焼きが出てきました。現地では、高級料理です。少し気が引けましたが、元々好奇心が強いので、一口食べてみたところ・・・身は硬く食べるところもあまりないので、あまりおいしくありません。カエルの足のからあげをチリと一緒に食べたほうが余程おいしかったという印象でした。
食事の間、1階ではフル・オーケストラをバックにプロの歌手が歌っており、我々は、3階のフロアで食事をしながら聞いておりました。すると突然、1階の司会者から私にご指名がありました。(どうも、シッパーさんが気を利かせてくれたみたいです)
全く突然のことで、一瞬どうしようかと思いましたが、そこは大和魂か好奇心か、すごすごと下りて行き、日本で慣らした経験を生かすことにしました。日本の歌があるかたずねると、"心の友"、加山雄三さんの"君といつまでも"、谷村新司さんの"昴"があるとのことでした。 フル・オーケストラであればマイウエイか昴だと考え、昴を選びました。
しかし、いざ歌詞カードを見ますと、どうも変です。英語でもなく、インドネシア語でもなく、また日本語でもありません。 ローマ字のようですが、誰かが日本語の歌を聞いてそれをローマ字にしたようです。
さあ、困りました。この続きは、また次回に。
第五回目
2008年5月13日
今回は、インドネシア産コーヒーとのなれそめとバリコーヒーとの出会いについて、私の事をお話をしたいと思います。
今から遡ること27-28年前、軽井沢に仲間と遊びに行って、遅くなったので交通渋滞と称して仕事をズル休みをしました翌日の話です。小生は当時総合商社に勤めており、バドワイザー・ビールの販売担当をしておりました。それが、ひょんな事から突然、コーヒー生豆の輸入並びに国内販売を担当することになったのです。
学生時代からもっぱら紅茶専門でしたので、コーヒー生豆のコの字も知りません。それに加え、ほとんど引継ぎもなく、部下もなし、アシスタントも女性一人のみ。当時は、商社といっても今のようなメール・テレックスといった通信手段もなく、インターネットで快適に情報を得るなんて事も出来ませんでしたから、仕事を進めるにはとても厳しい状態でした。さらに、コーヒー市場も輸入の自由化が始まったばかりの初期段階でしたので、輸入されるコーヒーの種類も限られていたのです。
そんな折、上司より紹介を受けました。白髪のお年をめされた方で、名前は確か伊藤さんです。何でも、戦時中にインドネシアに派遣され、終戦後内地に帰国した際、伊藤さんの知り合いであるダリョウーノさんという方がコーヒーの農園を共同経営していたので、現在はその仲介を行っているとのことでした。
取り扱っているのは、インドネシアのスラバヤでとれるロブスタ種というコーヒーです。ロブスタ種はアラビカ種に比べ価格が安く、よりクロロゲン酸が含まれております。ロブスタコーヒーは、主にボディ・苦味をつけるのに使用されます。ちなみに、現地の農園主の代表であるダリョウーノさんは7つのコーヒー農園を経営されており、後に、インドネシアコーヒー協会(通常、AEKIと言います)の会長をされていた方です。
私は伊藤さんからコーヒー生豆のサンプルを入手し、道具や銀杏用の両面網を使って自宅でガス火で焙煎し、見様見真似でカップテストをしましたが・・・まったく、おいしくありません。しかし値段は安く、煎りあがりもまあまあきれいです。インドネシア産のロブスタコーヒーは、アイスコーヒーなどにかかせないのか生豆問屋さんより引き合いも多く、伊藤さんを通じ買い付けの仲介をお願いしました。交信手段は、KDDIからの電報です。売買が成立するのに、往復最低一週間かかりました。いい時代でした。生来よりの身軽さ、そして若さとちょっとした工夫、何より周りにいてくれた皆さんに助けられ、まったくの素人だった私が、みるみるうちに販売量が増えいったのです。
口八丁手八丁にいっても現場を知らないと話が出来ないので、年に数回インドネシアに行き、飛び込みで知らないシッパーを数多く訪問しました。その頃には、コーヒー生豆について少しは知識もつき、交信手段は電報からテレックスの時代に変化し、伊藤さんとのやり取りは少なくなっていきました。
その代わり、現地で知り合った輸出業者との直接取引が主になりました。その中でも、インドネシアのスラバヤで最大手の一つである輸出業者のマネージャーをしていたのが、ハリムさんです。実はハリムさん、今回バリ島でコーヒー苗木の栽培にあたるパートナーなんです。人柄は温厚で、バスケットで鍛えた体は凄くしなやか。20数年経っても変わりません。
では、なぜインドネシアのスラバヤでなくバリ島でコーヒーの苗木の栽培を始めたのでしょうか。そのお話はまた次回に。
第四回目
2008年4月10日
コーヒー漫遊記の第四回目は、何故ティピカ種・ブルボン種の原種をバリ島並びに雲南省のバオシャン地区に植えることにしたのか、ご説明をしたいと思います。
第一回目の漫遊記で申し上げましたが、いいコーヒーの生産地は、南北回帰線の間(赤道を挟んで南北25度)、俗に言うコーヒーベルトが理想とされております。
また、標高が1,000-1,200メートルの地域で栽培されるのが最も日本の消費者のマイルド指向の味覚に合っていると言えるでしょう。そういったコーヒーとしての理想的な気候風土に加え、3Cプロジェクトの趣旨として、将来的にメンバーの皆さんと共に現地の農園に出向き、各メンバー様自らの手で、ご自身のコーヒーの木から赤く熟した豆のみを手摘みしていただければ、この上のない喜びです。
その為には、まず治安がいいこと、そしてリゾート地であることが必須であると考えます(私の好きなブラジル・コロンビア・ガテマラといったところは、以前と比べかなり治安が悪化しております)。また、おいしいローカル料理、風光明媚な名所・旧跡が兼ね備えていることも大事です。その観点では、インドネシアでも有名なリゾート地であるバリ島、日本とルーツを同じくして、食文化・風習がいまだに似ており、北京・上海といった大都会の喧騒とは程遠く、一年中常春の気候で農産物の宝庫といわれる雲南省は、我々の趣旨に、まさにピッタリの場所と確信致します。
毎年、収穫時期を楽しみにして頂き、現地にご夫婦または単独で私共が企画する収穫ツアーに参加していただき、一~二日は観光、のんびりエステ、あるいはすばらしいゴルフコースでのプレイおよびレッスンで楽しんで頂いた後、いよいよ本番は皆さんでご自分のコーヒーの木から実を摘んでいただきたいと思っています。
参考までに、バリ島には農園から近くの海抜1,142mの避暑地にあり世界のベスト50に数えられる“ハンダラ廣済堂カントリークラブ”があります。雲南省の昆明には、中国一あるいはアジア一と云われるスプリングシティゴルフ&レイクリゾートのロバート・トレント・ジョーンズJr設計のレイクコースとジャック・二クラウス設計のマウンテンコースがあり、海抜2,000mでのショットは、ドラコン日本一になったような気分にさせられます。
従来の会社組織による職縁関係と離れて、コーヒー苗木の栽培を介して横のコミュニティーができ、わが子としてのコーヒーを育て植樹をする事によって”ちょっとエコ”にも貢献し、また、比較的貧しい農家を支援できればと思っています。
次回は、バリコーヒーならびにインドネシア産コーヒーとのなれそめについて、もう少し詳しくご説明をしましょう!
第三回目
2008年3月25日
コーヒー漫遊記第三回目。前回、おいしいコーヒーの選び方についてはまず品種で選ぶこと、そしてその中でも特にティピカ種とブルボン種のコーヒーをオススメしました。今回は、この二種が何故おいしい味なのかをご説明します。
コーヒーの味の良し悪しは、基本的に4つの要素で決まります。Aroma(香り)、Flavour(フレーバー、テースト)、Acidity(酸味)Body(コク)です。この4つの要素のバランスが取れているものが良いコーヒーであると言えます。しかし国によって、あるいは食事内容により、このバランスは微妙に違ってくるのです。
例えば、世界最大の消費国であるアメリカでは従来、大きいマグカップでガブガブ飲めるような酸味・コクの少ない軽めの「アメリカン」が好まれました。そして現在ではシアトル系が主流となりコーヒーそのものは酸味の強いコーヒーを深煎りし、ミルクとの絶妙なマッチングがなされた「Latte(ラテ)」が主流となっています。一般的にアメリカ人は甘いものが大好きです。ストレートでは、苦すぎますね。一方、消費国二位のドイツでは、ソーセージ、ローストビーフ、ポテトなどを主にした食事が多く、酸味の強い「ケニア・ウオッシュドモカ」が好まれます。
ところで、消費国三位の日本はどうでしょう。主食である白米、味噌汁、魚、刺身、新鮮野菜といったナチュラルな食べ物には、よりマイルドなコーヒーが好まれる傾向にあります。
このように国によって、食事内容によって嗜好は異なるため、シングル・ビーンズがどの国にも好まれるとは言えません。しかしながら、シングル・ビーンズの中でも今や幻の品種となりつつあるティピカ種・ブルボン種の生豆は、どんな料理にも相性が良く、上で述べた四つの要素のバランスがうまくとれており「おいしい」と感じられるものになっています。有名なコーヒーのブランドで、おいしいと感じるものは人の技術力を別に考えるとすれば、大半はこの品種をルーツにしているほどです。
近年では効率が先立ち、手入れの面で手間がかからないよう背丈は1.5メートル以下にするなど各種の品種改良が進んでいます。また、収穫量が多く病害虫に強いカツーラ種・カツアイ種が主流になりつつあります。3C(コーヒーチェリークラブ)プロジェクトでは皆さんに希少価値のあるおいしいコーヒーを飲んでいただけるよう、また、環境保全も考慮した上でも植樹は背丈が高くなるティピカ種・ブルボン種を対象にしました。
3C(コーヒーチェリークラブ)ではコーヒーの木の栽培をするにあたりバリ島と雲南省のロケーションを候補にしておりますが、それはなぜでしょう!詳細は、次回にご説明しますね。
第二回目
2008年3月7日
コーヒー漫遊記第二回目からはおいしいコーヒーの選び方・楽しみ方についてお話します。今回はシングルビーンズについて。
皆さんはコーヒーを選ぶ際何を重視して選ぶでしょうか。コーヒーについて熟知されている方はこだわりがあると思いますが、初心者の方の多くはまず有名なブランドを選ばれると思います。ブルーマウンテン・キリマンジャロ・モカ・マンダリン、コロンビアなどですね。
しかし、ブランドだからと言って必ずしもおいしいとは限らないのをご存知ですか?例えば、ルイヴィトン、セリーヌ、グッチ、エルメスなどは各メーカーの特定ブランド名です。しかし、嗜好品で消費財であるコーヒーのブランド名は主に生産国または地名などで呼ばれ、有名なブランドも、そのグレード・作り手によって味は大きく変わります。さらに各国でコーヒー豆の風味やグレード基準が異なるため、グレードは各生産国内での格付けとなるため、結局どのコーヒーを選べば良いのか迷ってしまいますね。
そこで、見分け方のポイントとしてコーヒーの木の品種で選ぶ方法があります。改良を重ね様々な品種が開発されていますが、まずはコーヒーの二大原種であるティピカ種やブルボン種のコーヒーを選んでみましょう。ブドウの品種でワインを選ぶのとそれは似ています。赤ワインならばカベルネ・ソーヴィニヨン(カリフォルニアではジン・ファンデルが手頃でいい)や白ワインならばシャルドネといった風に。
それでは、ティピカ種・ブルボン種のコーヒーは何故おいしいのでしょう!理由については、次回ご説明したいと思います。
第一回目
2008年1月23日
小生、コーヒーに携わり数十年、その間世界各地を訪問し知りえた経験と不確かな知識と記憶で、真面目な話から本には書いていないことを、思いつくままに綴って見たいと思います。
第一回目は、真面目な話しから。日本では、コーヒー豆が出来ますか?我が家にも、一本コーヒーの木がありますが、花も咲かなければ、実も付きません。基本的には、コーヒーの栽培に適するところは、赤道を挟み南北回帰線(北緯25度と南緯25度、通常コーヒーベルト)の間と云われております。従い、日本では、一部沖縄とか伊豆あたりで栽培されている話を聞きますが、コーヒーの実を沢山収穫することは、難しいといえますコーヒーは、植物学的にはアカネ科コーヒー属に属した常緑樹です。真っ白な花が咲き、楕円状の丸い実をつけます。花は、ジャスミンのような香りを放ち、実は最初緑色から黄色に変化し、レッドチェリーといわれる赤い実になって完熟豆となります。
いいコーヒーの秘訣は、如何に赤い実だけを摘み取るかによります。コーヒーの生豆は、一般的に英語でGreen Beansといわれる所以は、実の中のコーヒー豆が緑色をしているからです。皆さんが、イメージされている茶色は焙煎豆のことです。コーヒーの生豆は、赤い完熟豆の中に通常二粒が向かい合わせになっています。たまに、コーヒーの枝先に出来る豆で、一粒しかできないものがあります。これを、ピーベリー豆といって、養分が凝縮されおししく珍重されています。
次回は、何故コーヒー・チェリー・クラブの苗木をバリーと雲南省のコーヒーにしたのかを説明したいと思います。
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